良い子であり続けるのが翻訳者

どうやら酷い風邪を引いたようで今日は布団から抜け出せない日になった。時間が取れる。これ幸いだと、ボリュームのある訳文を読んでいる。
3万ワードほどの心理学系の論文だが、翻訳者の苦労の跡が随所に見られ、翻訳とは何と悩ましい作業かと翻訳者の住所の方角に頭を下げているいつも通りの自分である。

原文よりも通りの良い翻訳文をつくるのは、果たして良いことなのだろうか。それとも原文を超えてはならないのだろうか。

明らかに原文に誤りがある場合は、どうしているのかと言うと誤りのまま訳出して、誤りと思われると報告する。翻訳者は良い子なのだ。良い子だから過剰に適応するのだ。
Over-adoptationという日本人の得意な処世術で対応する。ここで誤解のないように、正しい原文はこうだろうと推察して誤ってない場合の訳文も提示するから心配しないでくださいね。

悩ましいのは、誤りではなくて原文が酷い場合、読みづらい文章の時なんです。誤訳に紙一重の意訳を多用して通りが良い文にする。ひやひやドキドキなんです。
意訳の条件とは根拠がない憶測や予断を交えてないことですが、その根拠はと聞かれると面倒なので、最近の傾向は直訳調が好まれるようになってきているのです。
ネットの自動翻訳も驚くほどの勢いで進化してきているのだから、人間にしかできない翻訳作業として、意訳を主とする質の高い訳文づくりが翻訳者の仕事と定義されるように願っています。だが、現実は反対方向の流れのようで、残念だと感じているのは私だけではないはずですが。

ERF翻訳システム 翻訳会社ERF

こうして、Over-adoptationというストレスを感じながらも、「文章を読むことが好きだからこの仕事が天職だ」と良い子であり続けるのが翻訳者翻訳会社ERFなのです。

品質最優先翻訳翻訳会社ERF